天声人语
日期: 2007-10-15 附件下载:
(一百零一十三)
 
安倍首相辞任―あきれた政権放り出し 解散で政権選択を問え
なんとも驚くべきタイミングで、安倍首相が辞任を表明した。文字通り、政権を投げ出したとしかいいようがない。前代未聞のことである。
内閣を改造し、政権第2幕に向けて国会で所信表明演説をし、国民に決意と覚悟を語ったばかりである。その演説に対する各党の代表質問を受ける当日に、舞台から降りてしまった。国の最高指導者として考えられない無責任さだ。
首相は記者会見で、辞任の理由として、11月1日に期限が切れるテロ特措法の延長が困難になったことをあげた。海上自衛隊によるインド洋での給油活動を継続することに「職を賭す」と発言していた。
 ■路線の破綻は明白だ
そのために民主党の小沢代表に党首会談を申し入れたが、それを断られたため、「テロとの戦いを継続させるには、むしろ局面を転換しなければならない。私がいることがマイナスになっている」と、身を引くことを決めたという。
だが、それほど給油活動が大事だというなら、方法はほかにも考えられたろう。実際、政府・与党は新法による打開を画策していた。その成立に全力をあげるというなら分かるが、辞任することで道を開くという理屈は理解に苦しむ。
辞任に追い込まれた真の理由は、7月の参院選で歴史的な惨敗を喫し、明確な「ノー」の民意をつきつけられたにもかかわらず、政権にとどまったことにある。
内閣改造で出直そうとしたけれど、すぐに遠藤農水相らが辞任。他の閣僚たちにも政治資金にまつわる不祥事が次々と噴き出し、ついに政権の求心力を回復することができなかった。
新内閣で首相を側近として支えた与謝野官房長官は、辞任の理由として健康問題を指摘した。盟友の麻生太郎自民党幹事長も「迫力、覇気がなえ、しんどいのかなと思った」と述べた。
精神的に首相職の重圧に耐えられない状態になっていたのだろう。そう考えれば、今回の異常なタイミングでの辞任表明も分からなくはない。民意にさからう続投という判断そのものが誤りだった。
だが、つまずいたのは参院選後の政権運営だけではない。その前からすでに、基本的な安倍政治の路線は幾重にも破綻(はたん)をきたしていた。
小泉改革の継承をうたいながら、郵政造反議員を続々と復党させた。参院選で大敗すると「改革の影に光をあてる」と路線転換の構えを見せるしかなかった。
首相の一枚看板だった対北朝鮮の強硬路線も、米国が北朝鮮との対話路線にハンドルを切り、行き詰まった。従軍慰安婦についての首相発言は、米議会の謝罪要求決議を促す結果になった。せっかく中国と関係を修復しながら、「歴史」をめぐる首相の姿勢は米側の不信を呼び起こし、日米関係に影を落としていた。
そして、宿願だった憲法改正が有権者にほとんど見向きもされず、実現の見通しも立たなくなった。選挙後、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という安倍カラーが影をひそめざるを得なかったところに、安倍政治の破綻が象徴されていた。もはや、それを繕いきれなくなったということだろう。
戦後生まれの52歳で当選5回、閣僚経験は小泉内閣での官房長官のみ。この若さは武器にもなるけれど、日本という大国のリーダーとしては不安でもある。ベテラン議員を多く起用した改造内閣で、首相の姿がいかに小さく見えたことか。
1年前、安倍氏が自民党総裁につくにあたって、私たちは「不安いっぱいの船出」と題した社説を掲げ、安倍氏の経験や準備不足に懸念を表明した。その不安がはしなくも的中した。
 ■自民党
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